本当のスーパーマンは、ほんのささやかな親切を惜しまないひと

 

 

去年の秋にポツリと記事を書いてから

パタリとまた書かなくなっていましたが、

なんとも「書きたい!この思いを残しておきたい!」と強く感じて

またいそいそと書いております。

 

 

気がつけば年も明けて2024年。

去年の暮れにインフルエンザ、

節分を目前にコロナと

発熱三昧をしていました。

 

 

わたしがどうしてまた

ブログを書きたくなったかというと、

やなせたかしさんのエッセイを読んだから。

 

本当のスーパーマンは、ほんのささやかな親切を惜しまないひと

どんどん気になるアンパンマン

 

特におもちゃを買ってあげたわけでも

アニメを見せていたわけでもないのに

気づけば「パンマン!」と目をキラキラさせていた娘。

1歳くらいから、気がつけばアンパンマンにメロメロでした。

 

丸いフォルムがいいのか

あのシンプルで優しい顔がいいのか

外で見つけたりテレビで映るときゃっきゃとして反応を示す。

 

そんなことからアニメを見たり

おもちゃやグッズを集めたり

日本の普通の子どもという感じで

アンパンマンの世界を通ってきました。

 

その時からじわじわと

「アンパンマン」って可愛いな、と

大人ながらに思っていました。

 

 

先日、わたしが愛聴しているオードリーのラジオで

若林がアンパンマンにハマっているという話をしていました。

作者のやなせたかしの描く歌詞がいい、

世界観が独特で惹き込まれる、と。

 

アンパンマンの魅力について

他の人の言葉で言語化されることで

あーだからわたしもアンパンマンに惹かれるところがあるんだなあと

認識することができました。

 

なんのために生まれて

なにをしてよろこぶ わからないままおわる そんなのはいやだ!

 

子ども向けとしてはちょっと重いワードでも

ぶつけてくる感じが嘘がない感じ、説得力があるなあと。

 

アンパンマンって想像以上のことを

実は届けてくれているんじゃないかって感じたのです。

 

 

「ボクと、正義と、アンパンマン」を読み始めて

 

今日、家族でお出かけをして

本屋さんに行った時に

やなせたかしさんのエッセイ本が目に止まりました。

 

表紙が可愛い手書きのアンパンマンで可愛い!って思ったのもありますが、

やなせさんがどんなことを考えているのかということが

興味を持ったんです。

 

読み始めるとスルスル読めて

なんだかあったかい気持ちになる。

 

焦らなくてもいいんだなって思うところや安心するところも。

 

まだまだ序盤ですが、

「本当のスーパーマンは、ほんのささやかな親切を惜しまないひと」という文が

とても自分の中に刺さったんです。

 

最近の自分は、これができているのだろうか?と。

ひとをよろこばせる、そんな無垢な想いが持てているのだろうか?と。

 

自分自分!で手一杯になる前に、

 

元々がずるい人間、自分のことしか頭にない人間であるため、

そんなことに気づけない自分がいるんだなあと反省しています。

 

もしかすると色々なことを詰め過ぎて周りが見えていないのかも。

見ようとしていなかった、が正しいのかもしれない。

 

そして、ひとをよろこばせることによろこびを感じるという体験が薄いので

なかなかそんな発想にもいかないのかもしれない。

ギブアンドテイクになるとそれはバランスが崩れるので

常にギブアンドギブ精神で、ひとに親切にする、優しくするとはなんなのかを自問自答して毎日を過ごすことが

大事だし、自分の成長にも繋がるし、周りの笑顔にも繋がるんじゃないかってハッとさせられました。

 

どうしても余裕がなくなったりすると

自分自分!でベクトルが内向きになり過ぎてしまい

周りへの親切、優しさ、丁寧さが欠けてしまう。

ちょっと余裕を持たせる、自分にご褒美をあげて心を豊かにすることで

見えてくるものが増えてくるんだなあと、感じられました。

 

 

この想いを残しておかないとー!という気持ちで

記事として残しました。

 

やなせたかしさんエッセイ、読んでいて心地いいので

どんどん読み漁っていきそう・・・

趣味、アンパンマンにしようかしら。

 

 

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